ビスタワークス研究所の志事(25) 文・大原 光秦

『旅するように生きる』

賑わいの戻ることが期待された年の瀬。不安を煽る変異種報道が世界を駆け巡り、故郷への帰省すら躊躇する雰囲気にまた飲まれつつあります。一方で、氣付き始めた人も増えてきています。この國は何処に向かうのか。分かれ道に立つ年の瀬です。

あえて旅する

 神々が出雲に集結する神在月の旧暦十月、新しい暦の十一月十四日の出雲大社神迎式に合わせて「出雲の旅」を催行しました。「コロナ騒ぎ」が幸いして、例年の大変な混雑からは程遠い快適密度で多くの社、遺跡、史跡を訪ねることができました。  目的を定めて出る旅には、いつも不思議な超現象が付きまとうのですが、今回の「出雲の旅」はまた格別でした(超現象については場をあらためて笑)。旅の目的は、國津神・出雲族である大國主命と天津神・天孫族、天照大神との國譲りの記紀神話に迫る、というところ。天孫降臨に至るまでに何が起きたのか、そして神武東征とはどのようなものだったのか。記紀で描かれているように、國津神が治めてきた中津國を容易に明け渡すとは考えにくい。大東亜戦争を決意した日本です。相手が何者であれ、相応の激しい対立と闘争があっただろう、と思うのです。

 日本神道では、東郷元帥や乃木大将に代表されるように、偉大な人物を神として祀る信仰があります。石にもカエルにも神が宿る八百万の信仰。不肖の私にも内なる神が宿り、やがて命となります。記紀に描かれる神々の物語は実在した人々の物語。時の権威が出来事を暗号化したものでしょう。そこには治世のための意図が少なからず働いているはずですので、偽書とされている文献も読み併せ、先人の志や来歴に心を寄せ、妄想するのは意義あることだと考えます。なにより蛇をトーテムとする出雲族。そして鳥をトーテムとする天孫族。「和を以て貴しと為す」に至るまでに何があったのか。興味が尽きず、五月の伊勢旅に続く出雲旅と相成った次第。収穫は上々でした。次は陸奥國に向かわねばならないようです。このあたりもまた別の折りにお話しすることと致します。

國を護るということ

 さて現代。韓国によって実効支配される竹島は、日米韓外務次官協議の行われた直後の11月16日に警察庁長官が上陸するという暴挙に遭いました。尖閣諸島周辺や北方領土についても皆さんがよく知る現状です。我が國の領土、領空、領海を護る力が問われています。

 大東亜戦争の後、我が國の独立が回復したのはいつでしょうか。終戦の日といわれる昭和20年(1945)8月15日は昭和天皇がポツダム宣言を受諾する御意志をお伝えになった日です。この時点では終戦していません。同年9月2日は、ポツダム宣言への調印および即時発効した日です。これによって物理的な戦闘状態が終わりましたが、まだ「講和」は終えていません。サンフランシスコ講和条約には昭和26年(1951)9月8日に日本が署名、そして条約が発効した昭和27年(1952)4月28日に日本と連合国との間で講和が成立し、「主権」が承認されました。しかし、まだ沖縄が本土復帰していませんので完全な独立とはいえず、あくまでも「主権回復の日」と呼んでいます。では、昭和47年(1972)5月15日の沖縄(琉球諸島及び大東諸島)の施政権がアメリカ合衆国から日本國に返還された「沖縄本土復帰」の日でしょうか。
 令和3年(2021)現在においても、「横田空域」(横田進入管制区)が設定され、1都9県の上空は米軍の管理下にあり、自國の空を自由に飛べない状態にあります。岩國基地や沖縄の米軍基地の上空も同様です。國民を護るための敵基地攻撃能力を手放し、経済の実権を為替操作によって握られ、國民生活においては食や水、土地の権利まで失いつつあります。いまだ完全な独立が果たされていないばかりか、揺らぎはさらに増幅し続けています。

 話が固くなりました。私たち市井の民にできる問題解決を考えましょう。「國家」というテーマをやわらかく扱い、営みに反映させるには、「中心軸」について考えるといいと思います。我が國の善き治世の歴史を紐解くと、権力者による直線的な支配・従属関係ではなく、円で描かれる調和の関係、和の循環がほのめかされています。十七条憲法は言うに及ばず、禅の円相や日章旗、伝統的な巴紋にも表れていますね。善き円はその中心点である芯を示唆します。先人たちが営みの中心軸を大御心に求めた時代に社会が繁栄したことは言うまでもありません。
 出雲を代表する出雲大社や神魂神社、そして木造建築で世界最古と言われる法隆寺五重塔などには、その中央に心御柱が立ち上がります。中央に立つ大黒柱が屋台骨を支えてこその家(宇)。永続的繁栄の基は芯にあるのです。今日まで世界でもっとも長く続いてきた日本の歴史がそれを実証していると考えます。和を形成する中心軸つまり魂源的価値観が合っていなければ、家族とて崩壊する、ということです。

 現代の混乱は、「お前の芯はどこだ?」と問い、自覚を促す「はからい」のように感じます。その問いにすら氣付けず、ただ反応的に右往左往する者には厳しい試練の時代となっていくことでしょう。その弱き國民を護るために、権力を託された政治家たる者は、我が國の魂源的価値観を明らかにし、それを回転軸として渦を強大化し、求心力と遠心力を増す活動をしなければなりません。そのために必要となる質量を満たさず、軽々しく、場当たり的な戦術を繰り出すだけではまるで不十分。自分の都合で中心を見立て、そっちこっちで勝手放題に回り打ち消し合う。鳴門の渦潮のようなものです。

智慧なき力は暴力であり、
力なき智慧は無力である

 つまらない批判をしてしまいました。自らが何を為すかを考えなければなりません。
 「考える」とは古い文語、「かむかふ」から来ているとか。彼のところに向かう、ということ。つまり、問題解決の為に自分にできることを決断する営みです。愛する者を護る為にどう生きるか。まず真の自分の心柱を立てましょう。心の御柱、魂に根差す志を明らかにしたところで、具体的に実践躬行するための原則、「仁」「義」「誠」「和」の士魂錬成の四柱を四隅に打ち立てる。そして集い、友と語らうこと。それぞれの志を重ね合わせ、同志の契りを交わし、そこから生まれる道義的生命力こそが闘う組織の発動する重要成功特性、GRITです。
 せっかくのこの時代、日本人本来の生き様を問い直し、実践躬行する善き機会です。地球一、美しく、逞しく生きて参りましょう。