目的思考で未曽有の危機と対峙する
文・結城 貴暁(ビスタワークス研究所・伝え役)

 野球界の巨星墜つ。南海、ヤクルト、阪神、楽天の監督を歴任した野村克也氏が生涯を閉じました。試合に勝つだけでなく、人づくりに徹した手腕は「野村再生工場」と称され、幾多の名選手を輩出したことは周知のとおりです。

 野村氏は強くなるための秘訣を「人間的成長」と説きました。選手が内なる問題(弱さや諦め)に気づき、自ら解決できる場をつくり、とことん待つ。その妥協なき厳しさと深い愛情は、人財育成を担う人々にとって必要不可欠な素養ではないでしょうか。


 さて今回の話題は「新入社員研修」です。コロナ危機の影響で時短やテレワークが急激に拡大し、人々の集いが消えました。盛大に開催されるはずの入社式は、規模縮小や遠隔で実施され、自宅待機を命ぜられた新社会人も少なくなかったでしょう。時を同じくして、企業研修会社からeラーニングや動画配信の情報が全国に発信されました。弊社にも複数の電話があり、丁重にお断りしたことでした(笑)。

 4月からの約2ヶ月で、オンラインを介した研修は活況を呈しています。まさに「渡りに船」の状態。育成担当者は胸を撫でおろし、タスクを与えられた新入社員も不安や戸惑いを払拭できたと思われます。やがて配属の時期が訪れ、次年度からはWEB版新人研修が標準化するというシナリオは想像に難くありません。

 そんな未来の到来を、みなさんはどう思われますか。通信テクノロジーとの融合で学びが活性化され、組織の違いによる学習内容や機会の不均等も是正されるでしょう。しかし何事も目的あっての手段。とどのつまり道具はたくさん与えるが、「どう使うのかはあなた次第」という殺伐とした結末になりかねません。育成担当者は率先してITを活用し最新かつ最善の情報を提供しながらも、仲間の目的意識の覚醒を促す存在でなければなりません。激動の時代の今、いい人を採用していい会社づくりをするだけでなく、人に影響を与えるシゴトに従事する担当者自身が志や大義を明らかにし、弛まぬ挑戦を続けなければならないと思うのです。


 かく言う私は、年初から様々な試行錯誤をしつつ人財育成に取り組んでいます。1月、中途入社で2名がネッツ南国に仲間入りしました。比較的に新卒入社が多い当社においては異例のことです。ひとりは私よりも年齢が上の整備士で、もうひとりは元バリバリの保険営業マン。尖った個性に、豊かな人生経験と職歴。導入教育を丁寧にやるべきなのか、即戦力として現場配属が妥当なのか、と幾度も葛藤し思い悩みました。最終的に考案したのは、約5ヶ月間の定期的な座学とジョブローテーション、もれなく毎日の日誌つきというプログラム。社風や文化に対する深い理解と独自の働き方への共感・共鳴、つまり『ネッツ南国らしさ』の醸成を目的に据えました。

 現場と繰り返し対話を重ね支援体制を整えたり、ふたりが書き上げる日誌に原稿用紙1枚分のコメントを返したり、と私も本氣でぶつかりました。しかしその最中、コロナ危機に直面します。3月には年度初めの新入社員歓迎会の無期延期が決定し、その他のイベント企画や農業実習などの実体験を伴う計画もすべてが白紙になりました。


 ふたりの新入社員を家族として迎え入れた4月、追い打ちをかけるように緊急事態宣言の発令によってネッツ南国も時短営業へ移行。感染リスクやご家族の懸念などを考慮して新入社員は自宅待機となりました。これも難しい決断でした。実はほとんどの自動車販売会社では、既にOJTが始まっていた関係で、新入社員に自宅待機ではなく交代勤務を命じていたのです。同業他社に追随するのではなく、当社らしさを大事にしたい。少人数の緊迫した現場では新入社員のケアが疎かになるのではないか。なにより今はシゴトの本質や目的についてしっかりとした考え方を丁寧に育まなければ。そのようなことを頭のなかに巡らせた末に、急遽、不慣れなZoomを活用した研修に踏み切りました。しかし担当を務める私は、リアルとは違いオンラインはど素人。次の3つを自分に課して臨みました。①同じ環境に身を投じる ②言葉を文字で補完する ③スライドや動画に極力頼らず対話を重視する。

 私も在宅勤務に切り替え、掃除や朝礼以外は自宅での業務として、接続前後の1時間を準備とフィードバックに割き、時には一日4時間以上を対話に費やしました。教える側として向き合うのではなく、とことん寄り添う。ノウハウの伝達ではなく、会社の歴史を紐解きながら、大切なことは何なのかを共に考えるよう心掛けました。約2週間で通常勤務に戻った新入社員は「ネッツ南国の社員であることの誇りや使命を心に刻みました」「何のために働くのか、自分はどうなりたいのかを真剣に考えました」と振り返ってくれました。正直、彼らの感受性や心根によるところが大きいですが、担当者としては嬉しい限りです。


 とはいえ未曽有の災禍に対して一手を打ったことに満足せず、今後もさらなる創意工夫が求められます。どんな研修プログラムを組むかよりも、いかに親身になり心と心を通わせるかが何よりも重要だと、この数ヶ月の体験を通じて学びました。今日も中途・新卒の4人は、先輩たちの愛情溢れる叱咤激励を受けながらすくすくと育っています。
(ビスタワークス研究所かわら版22号)