ビスタワークス研究所の志事(29) 文・大原 光秦

「凡事一流」刊行に寄せて

 私たちには、経済を回す主体としての責務があります。
不況下のインフレという厳しい情勢下、お客様に唯一無二の価値をお届けして社員がやりがいを実感すると共に、彼らの生計の安定を図ることを真剣に考えなければなりません。それには、利益一本の経済合理性を極める道や、道徳をただ漠然と唱える道に埋没するのではなく、ひたすらに自助努力して自身、そして社員の能力を高めるほかありません。目指すところに心震わせ、主体的によく挑み、話し合って新発想を生み出し、後輩や他社の手本となり、お客様や家族から尊敬される。
 そしてそれによって善き社会を再興し、日本を護ること。

 震災から12年目を迎えた本年3月11日に小冊子「凡事一流」を上梓しました。
 ここに、その第1章を少しコンパクトにしてお披露目します。新入社員の方にも理解していただける内容だと思いますので、拙文ながらご活用いただければ幸甚です。

人間力を磨く

 学校で教わる国語、算数、理科、社会。中学や高校を卒業した後も進学したり、あるいは就職後の社員教育などで、より専門的な知識を吸収して私たちは成長します。ところで、成長とはいつまで続くものでしょうか。そもそも成長とは何でしょうか。そんなところから考えてみましょう。

 会社には様々な職種があります。それぞれの職種で主だった業務を一人でできるようになるには3年程度の経験が必要です。ここで言う成長とは「新しい能力の獲得」のイメージですね。そして、その後の成長にはとても大きな個人差が生じます。10年働いても、3年目の時とあまり差がない人もいれば、飛躍的に成長する人もいる。皆さんはどっちがいいと考えますか?会社としては、キャリアに応じて成長し続けることが望ましいと考えます。では、なにが成長の違いを生み出すのでしょうか?

要領のよさ、記憶力、
コミュニケーション力、
粘り、集中力、
チャレンジ精神?

 人間の成長を後押しするものにこうした能力がありますが、これらは「非認知能力」といって、直接高めることができないものです。成長を後押しする重要な要素に、心の姿勢、「熱意」というものがありますね。強い熱意があれば持ち前の非認知能力が発動されて成長に繋がります。熱意がなければ、持ち前の要領のよさも粘りも活かされることがないということです。では、「熱意」とは何なのでしょうか?それはどこから生まれるのでしょうか?

 好きだから、カネになるから、負けたくないから、成長したいから、夢だから?

 人それぞれですが、何らかの理由や理想がないと「熱意」が生まれないことは共通しています。その理由や理想のことを「動機」といいますね。ここでひとつ大事なポイントがあります。成長するためには、熱意が「持続する」必要がある、ということです。

 では、熱意を持続させる「動機」とはどんなものでしょうか。
 心理学では、動機を外発的動機と内発的動機のふたつに分類します。

 外発的動機とは、外部からの刺激に対応して生まれる動機で、お金がもらえたり有名になれたりする、あるいは失敗すると罰を受けたり、評判が悪くなったりするといったものです。その結果得られる、満足できる成果のことを「見返り」と言います。
 一方、内発的動機とは、自分自身の内側から湧き起こる好奇心や探求心などの動機を指します。自らの意志で「そうなりたい」とか「そうありたい」と思うもの。それは、行為自体に喜びを感じていますので「やりがい」と言います。

 外発的動機と内発的動機。皆さんはどちらの動機を中心にしてはたらいていますか?

 今、考えたいのは持続的な熱意を生み出す動機です。「見返り」に期待する外発的動機だと次第にきつくなってきますね。上司が社員の外発的動機に働きかけるやり方は、子どもの躾によく使うアメとムチの世界ですが、内発的動機はもっと高度な「心の世界」です。それは、「はたらく」こと自体を、理想とする人生を叶える為にいかに活かすか、という心の構え方。案外、「生活のためにはたらく」「仕方がないからはたらく」と、浅いところで完結してしまっていて、あまり真剣に考えたことがないかもしれませんね。

 「はたらくこと自体」に価値が見出せるといいですね。
 そのひとつに「成長」を置いてみるといいと思います。
 はたらくことの報酬は成長なんだ、と。そういう認識です。

 では、ここから「成長」についてもう少し具体的に考えてみましょう。
 企業が社員教育で行っていることは、商品に関する知識や機械操作などを身に付けさせるものが主です。学校で教わる教科と似ていて、記憶すれば使えるようになるもの。ここではそれらを「専門力」と呼ぶこととします。2年、3年と経験を積み上げていけば、アルバイトでも社員とさほど変わらない専門力を獲得します。そこで「立派な社員」となるためには、その力を効果的に使いこなすためのもうひとつの力、「人間力」が必要だと考えてみましょう。

 決められた業務を一人でこなすだけなら専門力があれば十分です。しかし、その作業内容を見直したり、あるいはまったく違うやり方を試してみる。皆で話し合ったりして工夫改善する。お客様の求めにただ応えるだけではなく、もっと価値のある「なにか」を提案して幸せになっていただく。そうしたことができるようになるには「人間力」が不可欠なのです。高い知能を持つAIがどんどん身近なものになってきていますが、主体的に「よし、やってみよう」と勇氣を出して行動を起こす人間力は人間だけが持つ力です。AIが身近になるほど、ますます重要になっていきます。

 では人間力とは具体的にはどんな能力なのでしょうか。

正直、真面目、
懇切丁寧、真摯さ、
人に親切、粘り強い、
自分に厳しい?

 これらは人間力というよりは人間性ですね。大切なことですが、やはり非認知能力の一種ですので、直接身に付けたり強化したりすることができない。「熱意」のところで考えたように、そうありたいとする心、「動機」がなければなりません。

 人間力は「力」ですので、物理の授業で習ったベクトルの「力の大きさ」と「向き」の関係に整理するとわかりやすいと思います。発動する「力」と、その力を何のために使うのかという「価値観」。この両面を観る必要があるということです。
 私は「人間力の大きさ」を「人間性知能の高さ」と定義しています。その能力の概要についてはほぼ解明されていますが、人間がどこまで成長できるのかについてはまだまだ未解明です。他の動物とは異なり、体験を通じて学習を重ね、大脳が機能的に発達し続けるところが人間の興味深く、おもしろいところです。

 人間性知能は20代半ばで大きな発達は一段落しますが、以降もその機能が高まることがわかっています。ただし、使わない限りは発達しない。何事においてもそう、意識的に強靭化しない限りは強くなりません。人間らしく生きていくために発達し得る脳機能ですので、人間らしく生きてこそ発達します。

 では人間らしい生き方とはどんなものでしょうか。

 人類の歴史を辿ると、人間には好んで争いを求める利己的な性質と、他者を助けて調和を図る性質があることがわかります。人間の本質はどっちなのだ!と研究者たちが議論してきましたが、難しく考える必要はない。「立派な大人」とされるのは後者ですね。「子ども染みたヒト」とされるのは前者です。つまり、それは人間の発達の問題だということです。

 私たち、ヒト族ホモ・サピエンスは、他者と豊かなコミュニケーションをとり、周囲を想い、助け合うことによって命をつなぎ、進化を遂げてきました。ともすると他の動物のようにラクな方向、利己的な道を選びがちですが、それでは種を遺すためには不利です。エゴを抑え、皆と調和して主体的に生きていくために「価値観」を持つことが必要です。たしかな価値観に立脚して努力して生きてこそ人間性知能が発達するのです。

 価値観は人それぞれだ、などとよく言われますが、人それぞれなのは価値「感」でしょう。何十万年という長い進化の道のりで、利他性の高いタイプのヒトが子孫を遺すことに成功しました。その価値観に沿って生きてこそ得られる喜びの種は遺伝子に埋め込まれ、魂によっても承継されている。幼い子どもがアンパンマンを大好きになる所以です。
 しかし、技術文明によって生かされるようになった現代人は、その魂の囁きに心を向けなくなりました。自分の損得や体裁ばかりを氣にして小細工を考える。下手な考え、休むに似たり。小賢しく考える前に、何が望ましいかが直感的にわかっているはず。そこを芯にして生きることです。

 「はたらく」なかで、自分に何ができるかを考え、主体的にチャレンジすること。そしてその行動を選ぶときに、他者に心を寄せ、考えやその背景をよく感応的に理解して対話し、調和、共創を図ることです。難しいですね。しかし、ここに集中するかどうかが、成長する人とそうでない人の、違いを生み出す違いです。

 ひとまずとして「世の為、人の為になる」というニュアンスで描かれた、皆さんの会社の価値観=経営理念やビジョンに沿ってはたらいていくといいですね。会社に集う多様な人間が、魂に根差した価値観で共鳴し合った時にチームのベクトルが最大化します。

 ここまで、簡単なようで少し難しくもある、抽象度の高い話を展開しました。
 皆さんが「どんな人生を歩むのか」を考え、話らい合う手がかりとなることを願っています。

要点を整理しておきます。
持続的に成長するために、「人間力」を培うことに意識を向けること。
人間力(力の大きさ)は価値観(向き)と一体となってベクトルとなること。
人間力を培っていくために、継続的に努力し続ける「熱意」をもつこと。
人間力に結実するまで「熱意」を保つために、「内発的な動機」を見出すこと。
「内発的動機」は、「はたらくこと」を理想の人生に結ばないと生成されないこと。
そのために、仕事、人生についての自分なりの「考え方」を整えること。
まずは、「どんな人生を歩みたいのか」を深く考えてみること。

最後の「深く」というのが大切です。
健全なる価値観の源泉がそこにあるはずです。

※人間性知能(HQ:Humanity Quotients):大脳前頭連合野が担う知的機能。互譲互助を生存戦略とする人類が進化させてきた脳力で、示道塾では自立主体性と自律利他性に整理して職場での強化を推奨している。